目次
  1. 🎐【昭和の名曲】帰りたくなる歌がある ふるさとソング(21位~40位)
    1. 21位:八代亜紀「舟唄」(1979年)
    2. 22位:加山雄三「旅人よ」(1966年)
    3. 23位:井沢八郎「あゝ上野駅」(1964年)
    4. 24位:小林旭「熱き心に」(1985年)
    5. 25位:渚ゆう子「京都の恋」(1970年)
    6. 26位:ペギー葉山「南国土佐を後にして」(1959年)
    7. 27位:細川たかし「北酒場」(1982年)
    8. 28位:石原裕次郎「北野旅人」(1987年)
    9. 29位:新川二郎「東京の灯よいつまでも」(1964年)
    10. 30位:北原ミレイ「石狩挽歌」(1975年)
    11. 31位:北島三郎「函館の女」(1965年)
    12. 32位:岸千恵子「千恵っ子よされ」(1985年)
    13. 33位:二葉百合子「岸壁の母」(1972年)
    14. 34位:吉幾三「俺ら東京さ行くだ」(1984年)
    15. 35位:マイ・ペース「東京」(1974年)
    16. 36位:菅原都乃子「月がとっても青いから」(1955年)
    17. 37位:内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」(1972年)
    18. 38位:海援隊「思えば遠くへ来たもんだ」(1978年)
    19. 39位:五木ひろし「ふるさと」(1973年)
    20. 40位:石原裕次郎「恋の町札幌」(1972年)
  2. 旅立った昭和の大スター:永遠に歌い継がれる名曲たち
    1. 石原裕次郎さん
    2. 美空ひばりさん
    3. 島倉千代子さん
  3. 芸能人の夏・お盆の思い出
    1. 石原良純さん
    2. 坂本冬美さん
    3. 森口博子さん
  4. 【おまけ】最近の音楽記事はこちら♪
  5. まとめ

🎐【昭和の名曲】帰りたくなる歌がある ふるさとソング(21位~40位)

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(第21位‐40位)
 

21位:八代亜紀「舟唄」(1979年)

出典: 音盤窟レコード

「おんな・みなと・酒」という昭和演歌の王道の世界観を、八代亜紀さんのハスキーで艶やかな歌声で完璧に表現した歴史的名曲です。

港町の酒場で聴こえてくる演歌や、しみじみとお酒を飲む情景が目に浮かびます。

「しみじみ飲めば、しみじみと…」というフレーズはあまりにも有名で、日本の夜の哀愁と大人の人間模様をしっとりと包み込んでくれる名作です。


【番組で紹介されたこと】
八代亜紀さんを代表する一曲。
歌詞に出てくる「ダンチョネ」とは神奈川県三浦半島の
漁師が口ずさんでいた民謡『ダンチョネ節』がもとになっているといいます

歌唱映像には、黒い衣装とキラキラしたアクセサリーが光る衣装で
八代さんがセンターに立ち….シンメには、
左に小林幸子さん、右に瀬川瑛子さんという豪華な場位置構成でした!

【国民の声】
・彼女でなければこの良さは出ない 亡くなったことがとても残念
(女性79歳)

22位:加山雄三「旅人よ」(1966年)

出典:サンライズ音楽広場

若大将として一世を風靡した加山雄三さんによる、どこまでも爽やかでスケールの大きな旅立ちの歌です。

終わりのない旅を続ける旅人の孤独と希望、そして青い空や海へと向かう前向きなエネルギーが満ち溢れています。

グループ・サウンズ前夜の若者カルチャーや、昭和の高度経済成長期が持っていた「どこかへ向かって歩き出す」熱量が心地よく伝わってきます。


【国民の声】
・加山雄三の曲の中でもこの曲が一番哀愁を思わせる
(女性66歳)

・歌詞の何とも言えない懐かしさ  故郷を思い出します
(女性70歳)


スタジオでは、松雪泰子さんが気になった曲にあげており、
父が大好きで子どもの頃よく車の中で聴いていたとのこと。

アンミカさんは、学校で…合唱で教えて貰ったとのことでした。

23位:井沢八郎「あゝ上野駅」(1964年)

出典:『あゝ上野駅』井沢八郎 

集団就職で地方から上野駅へと降り立った若者たちの、不安と希望、そして故郷を想う切なさをリアルに描いた昭和史に残る大ヒット曲です。

身を粉にして働く姿や、いつか故郷に錦を飾るという強い決意が、井沢八郎さんの誠実な歌声に乗せて伝えられます。
紹介映像では、オールバック姿の井沢さんの「~それまで風邪ひかないで元気でな」という優しく語りかける台詞が印象的でした!

昭和という時代の日本の骨組みを支えた人々のドラマが詰まった、涙なしでは聴けない名作です。


【番組で紹介されたこと】
1960年代にピークを迎えた集団就職
地方から中卒の若者たちが大勢 東京へ
この歌はそんな若者たちの応援歌となりました!

【国民の声】
・歌詞が故郷を思い出させるのでいつも泣きながら聴いていた
(女性76歳)

・集団就職するたくさんの友達が乗るバスを寂しく見送った
(女性77歳)

けんいち
けんいち
番組内では森口博子さんがランキングが発表されるなり、「工藤夕貴さんのお父さん!」とコメント!これは個人的に初めて知る情報でした。で、ちょっと調べて見ると、どうやら井沢八郎さんが亡くなった日は、奇しくも娘・工藤夕貴の誕生日であったようで、臨終の間際、八郎さんは夕貴さんに枯れた声を振り絞り、「お誕生日おめでとう」と伝えたという切ないエピソードがネットから出てきました。

24位:小林旭「熱き心に」(1985年)

出典: 音盤窟レコード

作詞・阿久悠さん、作曲・大滝詠一さんという、昭和音楽界の巨匠同士の奇跡的なコラボレーションによって生まれた圧倒的なスケールの応援歌です。

北国の厳しい大自然や旅情を背景にしながらも、胸の奥にある熱い情熱や生命力をドラマチックに歌い上げています。

小林旭さんの渋く力強いボーカルと、大滝さんらしいポップで重厚なサウンドが見事に融合しています。


【国民の声】
・青く澄んだ歌声とメロディー 故郷への心を掻き立てる
(女性66歳)

・大滝詠一さんの曲の世界観と相まって歌声が心に響く
(女性67歳)

25位:渚ゆう子「京都の恋」(1970年)

出典:ニッポン放送 NEWS ONLINE

ベンチャーズが作曲を手がけたことでも知られる、エレキサウンドと歌謡曲が美しく融合した、昭和のムード歌謡・ポップスの名作です。

古都・京都の情緒ある風景の中で、恋に揺れる女性の切なくも甘い心情が爽やかなリズムに乗せて歌われます。

どこか洋風でありながら日本の伝統的な美しさも感じさせる、当時の大ヒットにふさわしいお洒落なナンバーです。


【番組で紹介されたこと】
EXPO’70(大阪万博)に合わせ発売した
ザ・ベンチャーズの「KYOTO DOLL」に歌詞をのせカヴァー

映像提供は、毎日映画社より。
蝶々結びをした渚ゆう子さん(当時24歳)が木造の橋の上を歩き、リズムを取りながら歌う白黒映像!

【国民の声】
・亡き父が病室でよく聴いていた今も聴くと生家に帰りたくなる
(男性65歳)

・京都で過ごした青春時代を思い出します
(女性80歳)

26位:ペギー葉山「南国土佐を後にして」(1959年)

出典:「日本の古本屋」

戦後の日本全国に高知の魅力を広く伝え、大ヒットを記録した昭和を代表するご当地ソング・民謡調ポップスです。

故郷や愛する人を残して旅立つ兵士や若者たちの切なさと、南国土佐の明るい気候のコントラストがペギー葉山さんの伸びやかな歌声で表現されています。

日本の移動の歴史や、故郷を離れる切なさを描いたスタンダードナンバーです。


【番組で紹介されたこと】
太平洋戦争時 高知県出身の兵隊たちが
戦地でふるさとを偲び歌っていた歌が原曲

【国民の声】
・都会に出て生活している人には胸が熱くなる曲だと思います
(女性72歳)

・ふるさとの哀愁が伝わり泣きたい時に口ずさんでいた
(女性77歳)

27位:細川たかし「北酒場」(1982年)

出典: Discogs

日本レコード大賞を受賞した、昭和の酒場文化と北国の賑やかさを最高に楽しく、かつ色気たっぷりに歌い上げた大ヒット曲です。

細川たかしさんの圧倒的な歌唱力と、思わず口ずみたくなるキャッチーなメロディが、北の盛り場の熱気や人々の温かな交流を生き生きと蘇らせます。

聴いているだけで明るく元気になれる、昭和後期を代表する国民的歌謡曲です。


【番組で紹介されたこと】
・イントロクイズとして、紹介されたこの曲。
坂本冬美さん即答でしたww(笑)【早すぎ】のテロップありww

【国民の声】
・生まれが北海道なので 北の酒場には友達同士で行った
(女性70歳)

けんいち
けんいち
細川さん32歳の歌唱映像…(若い)
この曲は、父親が良く聴いたり、口ずさんでいた曲だったりするので、冬…
父の車の中の景色が、今でも残像のようにフラッシュバックする!

 

28位:石原裕次郎「北野旅人」(1987年)

出典:北の旅人/石原裕次郎

昭和の大スター・石原裕次郎さんが晩年に残した、北の大地を舞台にした男の旅情と哀愁をしっとりと歌い上げた渋い名曲です。

人生の哀歓や、果てしない旅を続ける旅人の孤独とロマンが、裕次郎さんならではの低音の魅力溢れるボイスで表現されています。

ダンディズムと切なさが同居する、昭和の終わりを飾るにふさわしい重厚なナンバーです。


【番組で紹介されたこと】
1987年(昭和62年)2月 石原裕次郎が旅立つ5か月前
静養中のハワイでレコーディングされた人生最後の歌声

※「北の旅人」は追悼盤として亡くなった翌月発売された。

ご本人が歌う映像は存在しない為、日活時代の盟友
小林旭さんが歌う映像が流れました。

29位:新川二郎「東京の灯よいつまでも」(1964年)

出典:レコード通販

地方から上京してきた人々の故郷への切望と、大都会・東京の夜景を対比させながら、明日への希望を歌った昭和中期の名曲です。

ネオンが輝く東京の片隅で、故郷の両親や恋人を想いながら懸命に生きる健気な姿が描かれています。

高度経済成長期の日本が持っていた、どこか健気で真っ直ぐな空気感を今に伝えてくれる心に染みる歌です。

 

30位:北原ミレイ「石狩挽歌」(1975年)

出典:レコード買取

ニシン漁で栄えたかつての北海道・石狩の繁栄と、その後の荒涼とした時の流れ、そして人間の業や哀しみをドラマチックに歌い上げた強烈なインパクトを持つ名曲です。

北原ミレイさんの圧倒的な歌唱力と、鰊場(にしんば)の栄枯盛衰を描いた歌詞が、聴き手の心に深く爪痕を残します。

昭和歌謡の持つディープで芸術的な側面を代表する名作です。

31位:北島三郎「函館の女」(1965年)

出典:レコード通販

北島三郎さんの初期の大ヒット曲であり、北海道・函館の港町を舞台にした情熱的で男らしいスケールの大きな恋の歌です。

「は~るばる来たぜ函館へ~」というあまりにも有名なサビは、日本人の旅心を一瞬でつかむ定番のフレーズです。

北国の冷たい風の中にある、熱い人間ドラマや旅の醍醐味を最高に盛り上げてくれる歴史的名曲です。


【番組で紹介されたこと】
北海道で生まれ育った北島三郎さん。
デビュー4年目に歌ったのがこのふるさとソングだった。

歌唱映像には、皆さん黒の蝶ネクタイをしたスーツ姿で
北島さんがセンターに立ち….シンメには、
左に五木ひろしさん、右に森進一さんという豪華な場位置構成でした!

【国民の声】
・北海道の玄関口  函館に着くと帰ってきた感でいっぱいになる
(男性76歳)

32位:岸千恵子「千恵っ子よされ」(1985年)

出典:岸千恵子『千恵っ子よされ』

津軽民謡の底抜けに明るいエネルギーと、津軽三味線の力強い響きが炸裂する、お祭りムード満点のパワフルな民謡・歌謡曲です。

聴いているだけで体が勝手に動き出すような賑やかさがあり、青森の土の匂いや人々の温かい人柄がダイレクトに伝わってきます。

昭和のテレビの民謡番組や、お盆の帰省先で聴こえてきそうな、日本の血が騒ぐような名曲です。


【番組で紹介されたこと】
舞台を跳ね回り歌うこのスタイルは当時ゆさぶり民謡と呼ばれた。

33位:二葉百合子「岸壁の母」(1972年)

出典:Amazon 

戦後レジェンド級のヒットとなった、戦争の悲惨さと母の壮絶な愛を描いた浪曲歌謡の最高峰です。

舞鶴の港の岸壁で、シベリアから引き上げてくるはずの我が子の帰りを待ち続ける母親の姿が、二葉百合子さんの圧倒的な語りと歌唱によって胸に突き刺さるように表現されています。

戦争の記憶と家族の絆を後世に伝える、歴史的にも非常に重みのある名曲です。

34位:吉幾三「俺ら東京さ行くだ」(1984年)

出典:SPICE

「テレビもねぇ、ラジオもねぇ…」のフレーズで日本中を驚かせた、コミカルでありながら日本の地方の現実や哀愁を痛烈に風刺した大ヒットラップ歌謡です。

都会への憧れと、当時の田舎の素朴な暮らしぶりが自虐的かつユーモラスに描かれており、1980年代のポップカルチャー史に残る衝撃作となりました。

今聴いても強烈なインパクトと笑いを誘う名作です。

35位:マイ・ペース「東京」(1974年)

出典:Victor Records

フォークグループ・マイ・ペースによる、上京した若者の孤独や故郷への郷愁をしっとりと、しかし優しく包み込むように歌い上げた大ヒット曲です。

「東京へ出てきたからといって、どうということはないけれど…」というリアルな独白のような歌詞が心に響きます。

派手さはありませんが、夢を追って上京した誰もが一度は共感する、心にしみる名作です。


【番組内の様子】
映像提供はNHKから。
マイペースさんたちの歌唱映像でしたが、
青と黄色とオレンジなどが混ざり合って、
かなりド派手なジャケット衣装でした。

36位:菅原都乃子「月がとっても青いから」(1955年)

出典:神奈川新聞

戦後間もない昭和の日本に明るい希望と穏やかなロマンを届けた、軽快で懐かしいリズムが心地よいデュエット・流行歌です。

夜道を照らす明るい月明かりの下で、恋人同士が寄り添って歩く平和な日常が微笑ましく描かれています。

1987年生まれの世代でも、どこか懐かしい昭和初期〜中期のホームドラマのワンシーンを連想させるような、温かい名曲です。


【番組内の様子】
何かの歌番組で着物姿でこの曲を披露する菅原都乃子さん。
テーブル席がいくつかあって、多くのアーティストの姿の中に
手拍子をするディック・ミネさん、菊池章子さん、
春日八郎さんの姿がありました。

37位:内山田洋とクール・ファイブ「そして、神戸」(1972年)

出典:Online Shop

前川清さんの圧倒的な甘く切ないボーカルと、ムード歌謡の真骨頂であるロマンチックなサウンドが融合した神戸のご当地ソングの金字塔です。

失恋の傷心を抱えて港町・神戸の街をさまよう男性の切なさが、都会の夜景やエキゾチックな雰囲気と共に美しく描かれています。

昭和の大人たちが愛した、お酒の似合うムーディーで哀愁に満ちた名作です。


【番組で紹介されたこと】
1995年 阪神・淡路大震災の発生により
前川清さんは、「そして、神戸」を自粛。
ところが神戸市民から「紅白歌合戦で歌ってほしい」と
約10万人の著名が集まり震災の年の紅白で披露しました。

【国民の声】
・祖母が好きな曲で帰省するたび息子に歌って聞かせていた
(女性 83歳)

・この曲を聴くと神戸へ行きたい  海が見たいと思います
(女性 78歳)

38位:海援隊「思えば遠くへ来たもんだ」(1978年)

出典:レコード買取

武田鉄矢さんの心に語りかけるような独特の歌声と、故郷を離れて孤独に生きる若者を優しく励ます歌詞が胸を打つ、青春フォークの名作です。

学生時代の友人や、遠く離れた故郷の山河を思い出したとき、思わず涙がこぼれそうになるような普遍的なノスタルジーが詰まっています。

人生の岐路に立ったときにふと聴きたくなる、心温まる応援歌です。


【番組で紹介されたこと】
【歌詞】「♪故郷離れて六年目~」の年数はその時々で変えて歌っている。
(紹介映像では10年目と歌唱していました。)

39位:五木ひろし「ふるさと」(1973年)

出典: レコード買取

日本の演歌界のトップランナーである五木ひろしさんが、故郷への尽きせぬ想いや、いつか帰るべき場所への郷愁をしみじみと歌い上げた名曲です。

都会の喧騒の中でふと故郷の母親や幼馴染の顔を思い出すような、日本人の心の原風景が丁寧に描かれています。

五木さんの抜群の歌唱力が、聴く人の心にある「ふるさと」の景色を鮮やかに呼び起こしてくれます。


【番組で紹介されたこと】
福井県美浜町出身の五木ひろしさん。
その美浜町には、5つの湖が連なる
(福井県美浜町と若狭町にまたがる)三方五湖(みかたごこ)があり
ここには『ふるさと』の歌碑が設置され、歌碑のレコード盤に触れると
『ふるさと』の歌が流れる観光名所になっている!

※歌碑には、【松山数夫】という五木ひろしさんの本名も記載されている。

【国民の声】
・三方五湖の展望台で聴いてからずっと耳に残っている
(女性 63歳)

40位:石原裕次郎「恋の町札幌」(1972年)

出典:芽瑠璃堂 

北海道・札幌の夜の街を舞台に、大人の切ない恋の思い出と美しい北国の都市の情景をしっとりと歌い上げた石原裕次郎さんの大ヒット曲です。

ムード歌謡の甘さと、裕次郎さんならではのダンディズムが絶妙にマッチしており、今なお北海道のスタンダードナンバーとして愛されています。

北国の夜風を感じるような、ロマンチックで哀愁漂う名作です。


【番組で紹介されたこと】
さっぽろ羊ケ丘展望台には歌碑と作詞作曲
浜口庫之介・石原裕次郎 2人の銅像が設置されている。

【国民の声】
・生まれも育ちも札幌の私にはしみじみとする曲
(女性 68歳)

・主人とよくカラオケで歌った  雰囲気があって大好き
(女性 75歳)

旅立った昭和の大スター:永遠に歌い継がれる名曲たち

石原裕次郎さん

出典: TEICHIKU RECORDS

【番組で流れた曲】

1嵐を呼ぶ男1958年
2赤いハンカチ1962年

1987年享年52歳。

昭和の銀幕と歌謡界を駆け抜けた、日本のスーパースター・石原裕次郎さん。
俳優として歌手として多くの人を魅了しました。
出演した映画は、100作品を超え、その甘い歌声で録音した曲は
生涯で500以上の曲を残しました。

『嵐を呼ぶ男』の男気溢れる疾走感や、
『赤いハンカチ』の渋く切ない大人の哀愁は、
リアルタイムを知らない世代の心をも
一瞬で射抜く圧倒的なカッコよさがあります。

ダンディズムと優しさが同居するその歌声は、
いつの時代も男のロマンを教えてくれる永遠の憧れです。

貴重映像の内容

※紹介VTRでは、甥である石原良純さん(当時21歳)とドラマで共演した
1983年西部警察 PART-Ⅲの映像と

その1年前に良純さんが大学中にスクリーンデビューした1982年公開の主演映画『凶弾』の番宣の2人の映像が流れていました。
(1982年テレビ朝日『スターあるばむ』より)

当時の良純さんは、Q(石原裕次郎さんは)どんなおじさんですか?
という問いに…
A.「優しいですね。色々経済的な面でもバックアップしてくださいました。」とコメント。

また石原裕次郎さんも続いて
A.「金がなくなるとね大拳して4匹(4兄弟)そろって来るんですよね。まだ確たるアドバイスはないんですけど、とにかくまぁあ1年学校がありますんでそれを全うしてそうすると親は安心しますから学生の義務だと思うし、それからでいいんじゃないですか?それからいろいろ意見も言いますし、相談があれば乗ろうと…」

という貴重な親戚2人が並び話している映像が放送されました。スタジオでは、良純さんが「今の映像を覚えていない。あれどこのなんだろう?」とおっしゃってました。

また新ためてお身内である石原裕次郎さんのことを良純さんから見てどういう方という質問に対しては、

「僕 あの 身内っていうよりも僕にとっては 石原プロにその後入って
社長としての付き合いが長くなるので、(高橋)英樹さんなんかもちょっと分かると思うんですけどやっぱり…時代を背負って生きていてみんなの期待と夢とかを背負って走るじゃないですか。だから自分じゃない。みんなの石原裕次郎であるってことを死ぬまでやり続けた。みっともない姿とか弱っている姿は見せない最後なんか闘病生活で「おう じゃあな!」ってパって。「あぁ いつもの裕ちゃんだ」って…熱出てバタっと倒れるんですよ。それをやり続けた…」


石原裕次郎芸能生活25周年記念番組より
石原裕次郎&石原慎太郎さんの
兄弟デュエットの貴重映像も公開されました!

曲はディック・ミネさんの「夜霧のブルース」でした。

美空ひばりさん


出典:日本コロムビアオフィシャルサイト

【番組で流れた曲】

1柔1964年
2愛燦燦1986年
3みだれ髪1987年

1989年 享年52歳。
デビューは9歳の時。生涯でレコーディングした曲は1500曲以上を超えます。

「昭和の歌姫」と称され、日本歌謡史に燦然と輝き続ける美空ひばりさん。
日本人の心にまっすぐ突き刺さる『柔』の力強さ、『愛燦燦』の温かな包容力、そして『みだれ髪』の圧倒的な情念と表現力は、言葉を失うほどの迫力です。

私たちが聴いても、その一音一音に込められた魂の深さと圧倒的な歌唱力に、ただただ圧倒され、心から胸を打たれます。

貴重映像の内容

順風満帆に見える芸能生活でしたが
1986年芸能生活40周年のインタビューで
ひばりさんは率直な胸の内をこう語っていました。

『やっぱり人生には悲しいことのほうが
どっちかというとうれしいこと幸せなことより
数が多いですけれども でもその数少ない幸せとか
喜びも少しずつつかみながら探しながら
そして今日のね…皆さんがお祝いしてくださった
この歌のタイトルではないですけど愛燦燦を体やっぱりね、
いっぱいにね、浴びながら幸せに歌っていきたいそう思ってます』

美空ひばり

ところが1987年病に倒れたひばりさん。
(1987年4月緊急入院:両側大腿骨 骨頭壊死・慢性肺炎)
闘病生活は実に4か月も続き一時は再起不能説までささやかれました。
ひばりさんを支えたっものはなんだった?
退院直後の記者会見でそれは語られました。


『自分の健康はもちろんこれからも自分で守っていくのは当たり前のことですが…もう一度歌いたいという信念が(涙)私の中にはいつも消えないでおりました。でもひばりは生きております。ありがとうございました。』

美空ひばり

退院から2か月後
1987年10月公開レコーディング
復帰1作目の公開レコーディングを行います。
この時ひばりさんが希望した歌は、これまでにない
一番難度の高い歌
その歌こそ 翌年5万人の前で披露した『乱れ髪』
(※1988年東京ドーム復帰公演)

退院からわずか8カ月
「不死鳥 美空ひばり」と銘打たれたコンサートは
まさにひばりさんの命を懸けた大舞台
伝説の歌声となりました。

スタジオでは、坂本冬美さんが目に涙を浮かべ拍手をしていました。
高橋英樹さんは、ひばりさんの最後の帝国ホテルのディナーショーを
奥さんと2人で見にいったとのことで、『愛燦燦』を歌われた時もう
滂沱(ぼうだ)たる涙を流したことを覚えているとの事でした。

 

島倉千代子さん

出典: 日本コロムビアオフィシャルサイト

【番組で流れた曲】

1この世の花1955年
2東京だョおっ母さん1957年

2013年 享年75
「お千代さん」の愛称で親しまれた島倉千代子さん
歌手人生58年 その中で数多くのヒット曲を残しました。

日本の昭和歌謡の歴史の中で、ひときわピュアで切ない輝きを放ち続けた島倉さん。

1955年デビュー曲にして大ヒットを記録した『この世の花』や『東京だョおっ母さん』に込められた、優しくもどこか儚い歌声は、聴く人の心を優しく包み込みます。

どんなに時代が変わっても、彼女が歌う一言一句には日本人が大切にしてきた真心や故郷への想いが宿っており、今なお色褪せない美しさを感じさせてくれます。


貴重映像の内容

デビュー2年後には『紅白歌合戦』に初出場
以降30年連続出場という当時の『紅白』史上初となる快挙を
成し遂げました。(※1986年当時)

【スタジオトーク】
坂本冬美さんは、島倉千代子さんと親交があったそうで
「大大大先輩なんですが、実はお誕生日が同じで、島倉さんにご挨拶に
行った時そのことを言ったら「あら 若く見えるわね」っておっしゃって。
同い年だと思われたみたいで…
それから可愛がって頂きました。と話されていました。

今日番組で着ている白に黒い線が入ったお着物も実は、
島倉さんがお召しになっていた…お着物で、島倉さんご自身が
身に着けていらしたものを頂いてとってもきっといいものだと思うんですよ。
とコメント。

どうやら島倉千代子さん「風のみち」の
レコードジャケットで着られたものとのこと。
なので、大事に大事に島倉さんの歌を歌わせていただく時には
着させて頂いているとのこと。


出典:風のみち

番組では、島倉千代子さんとの想い出の1曲として、
【人生いろいろ】を坂本冬美さんが歌唱しました。

坂本さんいわく、「私がデビューしたのが昭和62年なんですが
その時に大ヒットした曲が人生いろいろなんですね。大ベテランの先輩が
ちょっとリズムのある曲にチャレンジをされたっていう…凄いことだなと思って
おそばで聴かせていただいておりました。」とのこと

歌い終わった坂本冬美さんは、「島倉千代子さんに包まれているような守られているような気持ちで歌わせていただきました。」とコメントしてました。 

けんいち
けんいち
自分が生まれた昭和62年のヒットソングである、島倉千代子さんの「人生いろいろ」……。
坂本冬美さんのデビューがあった年であり、美空ひばりが病気を乗り越えてレコーディングに臨んだ年であり、そして石原裕次郎さんが亡くなった年でもある。
こうやって時代を紐解いてみると、1987年もまた、歴史の大きなうねりの中で時代が大きく動いた年だったんだなと感じます。
今あらためて、昭和という時代の重みと、偉大なスターたちが遺した足跡に思いを馳せます。。

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芸能人の夏・お盆の思い出

エピソードはこちら

石原良純さん

「夏になると海に入っちゃいけないよ。」とおばあちゃんに言われた。
アレには理由があって、クラゲが出てくる土用波が来るとかなんですけど、
海に行くと海の音が違くて… お盆を境にちょっと油断してると
スーッと涼しくなっていたのが僕が過ごした子どもの頃の夏でしたね。

※当時8歳の写真の紹介あり。

坂本冬美さん

夏はあちらこちらである盆踊りを制覇してました。との事!

※お盆なのに当時10才の写真が紹介され
それがお正月のものだったらしくすいません。
という言葉もありました。

森口博子さん

私は盆踊りが大好きで。
母が四人姉妹に浴衣を着つけてくれて
だけど汗をかくからって首とかおでこに
天花粉を塗られる…
(森口さんは末っ子で、当時の四姉妹の写真の紹介あり)

住んでいるアパートがみどり荘。
扉が玄関なんですけど、。
めちゃめちゃボロボロのお風呂のないボロボロのアパートで
友達にどこに住んでるの?って聞かれてもみどり荘って言うのが
恥かしくってグリーンハイツと言っていたとのこと。

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【おまけ】最近の音楽記事はこちら♪

まとめ

今夜の『ふるさとソングNo.1』特集、皆さんはどの曲が心に残りましたか。
ランキングを眺めていると、当時の風景や家族の温もりまで鮮やかによみがえるようです。

坂本冬美さんが島倉千代子さんの着物を纏って歌い上げた『人生いろいろ』をはじめ、昭和から現代へと繋がる名曲たちの輝きは色褪せませんね。

皆さんの心の中にある「ふるさとソング」は何ですか?
是非、この機会に、ランクインした音楽を聴きながら、
少しでも懐かしい思い出にひたりつつ、

また、お盆のこの時期、ご先祖様に感謝しつつ……
この暑い夏を乗り越えましょう♪
では最後まで、ありがとうございました!

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1950年代〜最新|日本の流行まとめ年表【出来事・モノ・言葉】1950年代から最新まで、日本で流行した出来事・モノ・言葉を年代別にまとめた年表ページです。各10年ごとに、流行ファッションや髪型、ヒット商品や新食品、流行語、ベストセラーなどを一覧で紹介。懐かしさと発見を楽しみながら、日本の時代の変化を振り返ることができます。...
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